光晴「まず、我が國の親孝行として、歴史にもなのは、なんというても我兄弟ですかね。
これがナンバーワンでしょう」
夢若「いいでしょう」
「「いいでしょう」って、我兄弟やで」
「しゃんわ」(知らんわ)
「知らんではいかんねや」
「しゃんもんわしゃん」(知らんものは知らん)
「我兄弟知らんかなぁ」
「知らんなぁ」
「よく世間で言うやろ。
一に富士、二に鷹の羽の打違い、そうして、三に上野の仇桜ぁ」
「三に上野のあららくらぁってなんや」
「なに」
「三に上野のあららくらぁってなんや」
「君、なにかいっぺんその舌、蔵庫でやしたらどないやねん。
もっとね、ゆっくり落ち着いてもの言いなさい。
三にっ,上野の,仇桜」
「三にぃ」
「そう」
「上野のぉ、あららくら」
「おかしいなー(夢若:おかしいなぁ)、こんなはずなかったねんけどね。
もっとね、言葉を細こう刻んでみなさい。
いっぺん、こう「三に」で切る」
「三に」
「上野の」
「上野の」
「「あー」と切って(夢若:あー)、「だっ」とつまんで、であらためて「ざくら」と言うてみ」
「らぁくらー」
「いっぺん舌出してみぃ。
」
(夢若 舌を出したままムグムグ言う)
光晴「けったいな動き方やな。
じゃ、しゃない。
こうしましょう」
夢若「もう寢ましょう」
「そううから寢たらいかんなぁ。
それではね、いっぺんこの言葉に節をつけなさい」
「どういう節や」
「のリズムがあればいいんでしょう」
「リズムに乗るか」
「なるべくゆるやかなものを」
「なるほど」
「さらば、関東節なんかを、一応サンプルをお聞き入れましょう」(「サンブル」と聞こえる)
「どうぞ」
「さんにぃ〜い〜〜、うえのぉの〜〜、あだざ〜く〜くぅ〜ら」
(橫手で夢若がいちびっている様子)
「なにしてんねん。
まあこういう調子のもんなればやれんことないでしょう」
「それがつまり関東節か」
「そうそうそうそうそう」
「ああいうふうにやんのか」
「これやったらやれんことはないわ」
「あのとおりやらなんだらいかんか」
「いかんかぁって、君がやれんから僕が指導しとんねやから、あのとおりにやったらええやないか」
「やったらええって、大勢さん聴いてはるやないか」
「お聴きくださるからやんねやないか」
「君(が)やったとおりにか」
「おかしいものの言い方やな。
あのとおりやることでけんか?」
「もうちょっと上手にやったらいかんか」
「こらっ。
なんでこない偉そうに言うね。
わからなええわ。
君の出さんもんは聞こえんで」
「さんにぃ〜い〜〜い〜〜い〜〜」
「うまいうまいうまい。
その調子でじんわりじんわり、ゆっくりあわてぇでええ。
あっ、あんまり手ぇかう降ろさんでもええで」
「白鳥の湖・・・」
「そんなことせぇでもええねや。
また階段上ぇあがらんならん、ええなぁ。
いち、にぃ、さん、しぃ、ごぉ、ろく、しち、よろしぃ」
「うえのぉの〜〜お〜〜お〜〜お〜〜お〜〜」
「そこで一服せぇ、一服せぇ。
腹にぐぅーんと力を入れて。
出した手ぇ、じんわり右からこうへ持ってきて、うんと出して、ええな。
いち、にぃのさん。
よっしゃ」
「あららー」
「ああ,やん(やり)し,どうも段取りが悪い」
「殘念でしたね」
「まことにどうも」
「殘念賞をおくんなはれ」
「おくなはれ、言いやがんねん」
「しゃあない」
「しゃあない」
「言えんもんはしゃあないから、こっちへストックしておきましょう。
二に鷹の羽の打違い」
「二に鷹の羽の打違い」
「これは赤穂浪士。
お芝居でやりますと忠臣蔵。
ご主君野內匠頭のご定紋が鷹の羽の打違いである」
「なるほど」
「でこれを二に鷹の羽の打違いと言うね」
「では一に富士は」
「これが問題なんですよ。
一に富士とは富士の巻狩り」
「富士の巻狩り」
「我物語」
「我物語」
「つまりこれが我兄弟ですよ」
「おーっ」
「わかったやろ」
「わからんわい」
「いやぁ、「わからんわい」て、あんだけ詳しう言うてんのにわからんかぁ」
「あんだけぐらいではわからん」
「じゃしゃない。
こうしよ。
一番心配のないようにこれから二人で我兄弟になろ。
これやったら絶対間違いはない。
」
「よーし」
「二人が我兄弟。
元気でっていこう」
「じゃ君が我になれ。
僕は兄弟になるわ」
「こりゃいっぺん脳の水しかえないかんわ。
「君が我になれ。
僕は兄弟なるわ〜」我兄弟を別にするもんがあるか」(しかえる=入れえる)
「我と兄弟」
「我兄弟と言うもんは同體。
十八年という長い間をともにした、絶対に離すことのできないもんである」
「なるほど」
「目的達成のあかつきには、兄の十郎は仁田(にたんの)四郎、弟五郎は御所の五郎丸と人生の航路を別にする。
だから我兄弟の歩んだ人生は初めは一つ、で末は二つ。
わかってるか?」
「初め一つで末二つ」
「そうそうそうそう」
「そやったらな」
「なんじゃい」
「出前に持って來たうどん屋の割り箸みたいなもんか?」
(頭から聲を出して)「うどん屋の割り箸!?」
「「毎度おおきに」と持ってきたときの割り箸は一つである。
(光晴:ほほ〜ん)目的はこれを食べることにある」
「そう」
「ポンと割ったら二つ。
うどんは嫌い、そばちょうだい」
「ちょっともわかってないねや。
誰がそばちょうだいちゅうてんね。
わからなええわ。
だいたい科白は僕が知っとるから、科白は僕にまかしとけ」
「うん」
「君は橫てで目ぇむけ。
役者は目ぇむくほど上手に見えるから。
ええな」
「よっしゃ」
「情けで通る三の木戸」
「うわーっうぉー」
「なにしてんねん」
「目ぇむいてんねん」
「誰がそんなアホな目ぇむけちゅうてんねん」
「むいたら上手に見える(言うから)」
「黙って目ぇむいてもあかんがな。
なんなと言いながら目ぇむかんかい」
「あぁ、言いながら」
「わかってんなぁ。
情けで通る三の木戸」
「三の木戸」
「弟ぬかるなぁ」
「弟ぬかるなーぅ」
「あぁ君が兄貴やんのんか。
どっちでもいいけど。
あにじゃーひとー」
「あにじゃーひとー」
「君が弟をするか。
ややこしいな。
弟ぬかるなぁ」
「弟ぬかる・・・(扇子で叩かれる)あいたーっ」
「ちょっと僕の言うてること聞いてからやらんかいな」
「聞いてるからなんなと言うて目ぇむいてるがな」
「無茶茶言うたらあかんやないか」
「目がいぞ、ほんまに」
「そんなこと言うたらどんならんがな」
「なんで怒ってんね」
「僕が兄貴やろ、君が兄貴やろ、僕が弟で、君が弟やったら我兄弟、合計四人できるやないか。
(親指と人差し指を示して)こっちが兄貴の十郎祐成、こっちが弟の五郎時致。
これを二人でやる。
それで君どっちにする。
兄貴にするか弟にするか、君のいたほう取れ。
まず君に優権を與えよう。
な、わからん話はせんのやから。
優権な、これでええやろ」
(涙ぐんで)「ありがとう」
「えらい喜ぶな。
優権そないにうれしいか」
「それ持っていったら風呂はただでしょ」
「あほっ、それは湯銭券や、ゆうせんけん」
「優権」
「どっちにする。
兄貴にするか弟にするか、君のいたほう取れ」
「よーし」
「どっちや」
「よし」
「こんなもん見たかてわかれへんがな。
親指の方が兄貴、人差し指の方が弟や。
どっちにする。
どっちや」
「君はどっちや」
「僕はどっちでもええ」
「僕もどっちでもええ」
「そんなこと言わんと。
決めなややこしいから」
「僕はもうどっちでもええ」
「そうか、ほなおれは兄貴する」
「じゃ僕は兄貴や」
「そやから決めっいうねん。
また兄貴二人になるやないか」
「知らんわ、知らんわ。
わい兄貴や」
「君が兄貴すんのんか」
「あー、すんねん」
「そなら僕が弟したらええのんか。
俺が辛抱したらそれでええねやろ。
ほな弟するがな。
そなら君(は)気にいんねやろ。
辛抱したらええねやがな」
「君は辛抱する男か」
「いやぁ、君が兄貴やから、僕が弟するちゅうねや」
「弟が得やろ」
「ほんなら君、弟しいな」
「するわ」
「弟やな。
とある幔幕をすっとあげるわ。
延伸閱讀…
じゃ弟は」
「わいやでぇ」
「兄貴は?」
「ぼくや」
「弟は?」
「わいや」
「おまえばっかしやがな。
そら、どっちか一つにせないかんねやから」
「よしっ。
迷わんようにおうかがいをたてて決めるっ」
「おうかがいとは」
(夢若、柏手を二つ打つ)
「えらいななぁ」
「どちらが得ですか? ちぃちぃぱっぱ、ちぃぱっぱー。
あ、弟になれとお狸さんがおっしゃった」(注1)
「ほんまかいな。
ずっと弟やぞ。
弟ぬかるなあ〜」
「あにぃじゃ〜ひとぉ〜」
「うまいがな。
いいとこあるがな。
その調子で來いよ。
弟ぬかるなあ〜」
「あにぃじゃ〜ひとぉ〜」
「はるかに見ゆる陣幕はー白地に黒く三つ鱗。
北條時政公の陣所と覚えたりー、おとうとぬかるなー」
(この間、夢若「あにじゃーひとー」と喚き続ける)
「やめっ」(扇子で夢若を叩く)
「あいたっ」
「こんな器用な男ないわ、しかし」
「お前、漫才にはうまい言うたやないか」
「なんぼええ言うたかて、「あにじゃびと」ばっかりではあかんねやがな。
それが阿呆の一つ覚えちゅうねん。
そっちぃへ(ひ)っこんでぇ。
建久四年五月雨(さみだれ)のーぉ、中の五日の夕間時」
「なぁーかのいつかのゆうまどきー、あーぅ」
「恨みは長し十八年」
「倶戴天の父の仇」
「恨みと晴らす五月雨(さつきあめ)」(注2)
「晴れ間晴れ間に見ゆる陣幕はー」
「大小名の家々のー」
「で染め出す紋どころ」
「笹竜膽(りんどう)の定紋はー」
「これぞ餘人にあらずしてー」
「源家の頭領、源頼公の陣所とおぼえたりー」
「そのまたこうに見える陣幕はー」
「三引両の定紋は」
「これぞ餘人にあらずして」
「九十三騎の旗頭、和田の左衞門尉義盛公の陣所なりー」(注3)
「そのまたこうに見える陣幕はー」
「五本骨には扇形」
「これぞ餘人にあらずして」
「佐竹の冠者義重公の陣所なりー」(注4)
「そのまたこうに見える陣幕はー」
「弓張月に亂れ星」
「これぞ餘人にあらずして」
「千葉の太郎つねかつ公の陣所なりー」(注5)
「そのまたこうに見える陣幕はー」
「丸の中には菱四つ目」
「これぞ餘人にあらずして」
「佐々木四郎高綱公の陣所なりーぃ」
「もうやめや、もうやめや」
「なんでやねんな。
今ようよう調子に乗ってきたとこやないか」
「もう、やーんぴや」
「なにが気に入らんねん?」
「いーっや」
「なんや、その「いーっ」って」
「そら、君は気持ちええわい」
「なんで僕が気持ちええねん?」
「そらそや。
「紋づくし」と「名前」のええとこばーっかりやって、わいら「こうに見える陣幕は」、「これぞ餘人にあらずして」ばっかりやないか、そんなもん」
「やーっ、こりゃすまん。
けっしてね、僕は計畫でことを運んだねやないのやから」
「計畫じゃ」
「僕はそういうふうに腹の黒い人間ではないのやから」
「いつかっていいほうばっかに回って」
「そんなこというな。
人の信用に関わるやないか。
君差し置いていつええほうにまわったことあんね?」
「昨日かてきつねうどん食べにいったら、揚げのきい方先とったやないか」
「そんな、おい、きたない我兄弟やな。
とにかくね。
悪いね。
僕は君に謝罪をしよ。
謝ってんねやから堪忍したれや」
「わい、もうすねてんね」
「いやんなってきた。
大勢の人さんの前で、一人前の人間がもうすねたりせんとき」
「僕、腹たったら、き(じき)すねんねんさかい」
「けったいな奴ちゃな。
とにかくね。
悪いとこ僕、君に謝罪しよ。
さる(その)かわりに交換條件として後の殘りのええところをば全部君一人に任そ」
「も、ええところあらへんやないか」
「ええとこ殘ってんねや(夢若「あるかぇ」とつぶやく)。
映畫でやったって浪曲でやったって一枚看板。
そう、これから二人が狩屋の奧に忍び込みましょ。
とある幔幕をすっとあげるわ。
延伸閱讀…
ほな當の祐経が脇息に片肘をついてこう居眠ってるわ。
その脇息をポーンと蹴る。
このな場面を君にやってもらおう。
ねっ、本は兄貴が蹴るんですよ。
兄貴が蹴るねけど、それを君に譲ろうやないか。
漫才はそんだけの融通が利くねやから。
機嫌してやってくれよ。
きみはうまいねやから。
頼んどんねや。
やってくれや。
ええやないか。
やれや、やってくれや、なっ」(夢若,光晴の言葉に次第次第にほだされていく様子)
「そらーやるけどなぁ」
「わーっ気色悪ぅ、ぞーっとしてきた。
偉そうに言うて後まで無事にやりこなせるか」
「おーぅ、やるっ」
「この辺が一番難しいとこやぞ」
「難しうてもやるぞ」
「やり損うたらさんの前で恥かくぞ」
「やり損うたら腹「切る」」
「そないに大層にせいでも。
何も腹まで切ってやね」
「誰が腹切る言うた?」
「今、やり損うたら腹切る言うた」
「ちゃうちゃうちゃう、やり損うたら腹「蹴る」ちゅううた」
「あ〜ぁ腹を蹴るちゅうたんかい。
それもよかろう。
で誰の腹を?」
「君のやつちゃ」
「無茶茶やがな。
そんなもん。
遙かに見ゆる陣幕はー」
「淺葱に紺の二端頭」(注6)
「竹に雀の楽遊び」
「竹に雀は品よく止まる」
「竹に雀は品よく止まる」
「兄さん、來たがなんじゃいなぁ」
「なんじゃそりゃ。
そやからやめときちゅうてんねん。
「兄さん、來たがなんじゃいなぁー」そんな工な紋が昔から日本(にっぽん)にあるか?」
「えらいすまん」
「言うたものはしゃあないけども」
「腹を蹴るわ」
「もうええ、もうええ、もうええ、もうええ。
竹に雀の定紋は〜ぁ〜あ〜、中村念斎公の陣所と覚えたりー」
「そのまたこうに見ゆる陣幕はー」
「並ぶ(び)矢筈のいかめしくー」
「これぞ餘人にあらずしてぇー・・・えへっ、このほうがのんきでええわ」
「梶原源景季公の陣所なりぃ〜」
「五七の桐の定紋は」
「坂東秩父の缽形山の御主(おんあるじ)」(注7)
「鎌倉武人の鑑にして」
「菩薩の,畠山」(注8)
「秩父莊司公の陣所なりー」
「あれあれあ〜れ〜」
「あれ〜」
「淺葱にく染めいだす」
「庵に宿す橫木瓜」
「守護一臈職」(注9)
光晴・夢若の名作漫才「お笑い我物語」を文字にしてみた。
音源は「澤田隆治が選んだ松鶴家光晴・浮世亭夢若 ベスト漫才集」(コロンビア・ミュージック・エンターテーメント販売 COCJ-33134)のCDである。
この録音では「昨晩,夢若が急病の母親の介抱した」親孝行の話の前置きとなる冒頭部がカットされている。
文章だけでは面白さは伝わらないので,是非,実際の音を聴いてもらいたい。
私が2歳のときに夢若さんは亡くなっているので,私は二人の漫才を実際に見聞きしていない。
二人の動きもリズミカルでコミカルでそれはそれは面白かったそうで,映像があれば漫才のおかしさは倍増しただろう。
桂吉朝さんと千朝さんがモノマネを演じたそうだが,その映像が殘っていないだろうか。
映像の記憶をもっておられる方々が健在なあいだに,どなたかが伝承・再現してもらえないだろうか。
実は上のスクリプトには不明な所が多くある。
光晴が夢若の科白が言い終わらないうちにせて分の科白を言うので、なった部分が聞き取りにくいのである。
に「紋づくし」のところは本に困ってしまい,勝手に補った箇が多くある。
もう私一人の力では正確な復元はできないと諦めている。
というのは言いよいように言葉を崩していると思うからである。
池內紀著「名人たちの世界(池內紀の仕事場7)」(みすず書房)にこの「お笑い我物語」が「うどんの揚げのきい方先とったやないか」「きたない我兄弟やな」のところまで記載してあり,參考にさせてもらった。
しかし,べていただくとわかるようにいくつか異なる箇もあって,その違いに悩まされたところもある。
(注1)「どちらが得ですか」は大阪の子が「どれにしようかな,神様の言うとおり」というときの調子にい。
「ちぃちぃぱっぱ」はもちろん雀の學校のメロディで、二人が司會をしていたラジオ番組「漫才教室」のテーマ音楽。
以下,わからなかったところをリストする。
野暮な詮索と思われるだろうが気になった箇もついでに記す。
(注3)「九十三騎の旗頭」の頭に何かがあるがわからない。
「三浦九十三騎」がもっともふさわしいが,「みうら」の「み」の音が聞こえないので確信を持てない。